心理学教育の視点とスキル

日本心理学会心理学教育研究会 編 ナカニシヤ出版

Amazon
 本書は、教える側からも教わる側からも役立ち、初めて教壇に立 つ者にとっての心理学教育のガイドブックとなるよう企画・編集さ れた書籍である。
本書は4編構成となっている。第1編「心理学教育の理念と教育 視点」では、日本の心理学教育のこれまでの歩みや現状、さらには 北米での心理学教育の実態について、節ごとにまとめられている。 普段知る機会の少ない海外の大学教育プログラムや、心理学関連の 資格や資格取得者の職場まで、詳細に解説されている。
 第2編「心理学授業のTips」は、講義形式の授業と実習形式の授 業の2つの章で構成されている。講義形式の授業については、心理 学概論などの初学者向けの授業から、認知・発達・社会・教育・臨 床といった専門領域や、特講・ゼミ・総合科目・卒論指導まで、幅 広い授業内容をカバーしている。実習形式の授業については、実験 実習・統計・観察・臨床・インターンシップ・教材開発・メディア 利用授業の7節で構成されている。どちらの章も「ねらい・Tips・ 効果の評価」の3点について解説されており、各授業の学習目標に 合わせて、実際の具体例を交えながらTipsが説明されているため、 すぐに授業に取り入れ、実践できる内容となっている。
 第3編「心理学教育と職業」では、各職種で求められる心理学の 知識やスキルについて、心理学の専門知識を要する心理職から間接 的に活かせる職場まで様々な職業が解説されている。どのようなこ とを授業で教えれば学生の将来に役立つかがわかるだけでなく、ゼ ミ生の進路指導にも活用できるチャプターである。
 第4編「心理学教育と基礎資格・資料」では、心理学検定・教材 オンラインtips・倫理について具体的な内容やURLが紹介されてい る。
 このように、本書は心理学教育についての有用な情報がぎっしり と詰まっている。本書の企画意図には、「初めて教壇に立つ者にと ってのガイドブック」とあるが、新米教員だけでなく、ベテラン教 員にとっても、これまでの授業を振り返り、より質の高い授業作り を目指すためのガイドブックとなりうる。さらに、教員の授業作り に役立つのは言うまでもなく、卒業後の進路に迷う学生へのアドバ イスにも有用な、研究室必携の一冊であろう。(筑波大学・相羽 美幸)




心理学教育のための傑作工夫集

ジュニア,ルディ・T. ベンジャミン (編集), Jr.,Ludy T. Benjamin (原著), 中澤 潤 (翻訳), 日本心理学会心理学教育研究会 北大路書房

Amazon
 本書は、「学生が自ら能動的に学習に参加すること(参加型学習) 」を目的として集約された授業の工夫集である。本書は、全4巻か らなるActivities Handbook for the Teaching of Psychology(Ben jamin & Lowman, 1981) に基づいて構成されている。Activities H andbook for the Teaching of Psychologyは教員から投稿された参 加型学習に関するアイデアがまとめられた良書であり、高校教員、 大学教員から絶大な支持を得ている。特に本書は、全350アクティ ビティの中から特に人気のあった67のアクティビティを抜粋し、日 本語版として紹介している。
 本書は様々な心理学領域ごとに全12章から構成されている。各章 では、「歴史・統計・研究法」、「脳と感覚処理」、「知覚」、「 意識」、「学習と記憶」、「思考・問題解決・言語」、「動機づけ と情緒」、「発達心理学」、「パーソナリティ」、「心理障害と治 療」、「社会心理学」、「人種・ジェンダー・多文化主義」に関す る様々なアクティビティを提案している。アクティビティの紹介は、 料理本のようにマニュアル形式になっており、「何についてのアク ティビティなのか」、「そのアクティビティに適している授業や最 適人数について」、「アクティビティに必要な時間」、「教員が事 前に用意した方がよいもの、注意した方がよいこと」について、わ かりやすく書かれている。
 例えば、第1章の「統計や研究法」では、統計のサンプリングの 概念を経験させるアクティビティを紹介している。このアクティビ ティでは、プレーンのM&Mチョコの小袋から様々な色(全6色)のチョ コレートの個数を学生に数えてもらい、母集団(Mars社が提示して いるM&Mチョコの色の割合)と比較する方法が紹介されている。実際 に学生自身が普段から食べているお菓子を用いて統計について学ぶ ことは、統計に対して親近感を与えるきっかけとなると考えられる。 また、第5章の「学習と記憶」では、古典的条件づけを経験させる アクティビティを紹介している。このアクティビティでは、水鉄砲 によって顔に水をかけられることを了承した学生ボランティアに対 して、100〜200個ほどの単語リストを読み上げる。その際、読み上 げた単語の中に、大文字でCANと表記されているときのみ顔に水鉄 砲をかけるようにすることが重要である。なぜならば、この場合、 無条件刺激は「ボランティアの顔に水が発射されること」であり、 条件刺激は「canという単語の音」である。条件反応は、「たじろ ぐ、薄目をあける」といった反応である。この単語リストには、小 文字のcanや、類似した単語(ban, ran, capなど)も含まれており、 獲得や刺激汎化、刺激弁別、条件づけの消去についても体験するこ とも可能となっている。このように、本書では学生が能動的に参加 できるような方法を用いて、心理学の知識を深められるようになっ ている。
 本書で紹介されているアクティビティは簡単にできるものや、大 人数の授業でも利用可能なものが多く紹介されているが、一番の魅 力は「学生が楽しく参加できること」であろう。学生は講義をただ 聞いているだけでは得られないような「刺激」や「学びの楽しさ」、 「心理学への関わり」を体験することで、学習機会の良いきっかけ になることが考えられる。また、様々なアクティビティを用いて学 生の反応をみることで、教員自身にとっても教育の在り方について 学ぶ良いきっかけとなるかもしれない。(東洋大学・小林麻衣)